« かっぱ橋道具街へ | トップページ | 満月後のゆらゆらに・・・ »

「だいじにする」ということ

20160526_3「だいじにする」ってどういうことなんだろう。

と、ふと思いついたら、次から次と考えが流れて、なんだかよくわからなくなった。

「ものを」だいじにするのは分かる。
だけど、「人が人を」「親が子を」「妻が夫を」「男が女を」「その場所を」「その関係性を」「その考えを」「日本を」「世界を」だいじにするというのは、何をすることを、あるいは何をしないことを示すのだろう。

あるひとことを発してしまったばかりに、だいじなモノを壊してしまうこともあれば、そのひとことが出なかったばかりに、だいじなモノを壊してしまうこともある。

だいじに思うからこそ出てしまうことば、だいじに思うからこそ出せないことば・・・ことばだけではないな。行動も。だいじだからこそ何かする、あるいは、だいじだからこそ何もできない。

なんだか言葉遊びのようだけれど、そして今夜は満月でも新月でもないのだけれど、ハマってしまった。そんな夜。

・・・ことばも行動もなかったら、何も伝わらないよね。「思いは伝わる」とも言うけどさ。

« かっぱ橋道具街へ | トップページ | 満月後のゆらゆらに・・・ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« かっぱ橋道具街へ | トップページ | 満月後のゆらゆらに・・・ »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

つぶやき

  • Twitter

お気に入りサイト