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『「普通がいい」という病』-1-

最近、思ったときにはすぐTwitterの方に投稿してしまうので、なかなかこちらにまとまって書くことがなくなりましたが、この本はすごいと思ったので(というか、この本を読んだらいろんなことを書きたくなったので)、久しぶりにこちらへ書いてみます。

この本、ずっとうちの本棚にあったのは知っていたのですが(←買ったのは自分ですから)、調べてみたら4年もの間、“積ん読”しておりました。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は秋に引っ越しを控えているため、いま必死になって荷物整理をしているところです。私の場合、特に本は最大の課題でありまして、大きな本棚3本に加え、押入れには段ボールが数箱・・・なので、最低でも半分、できれば3分の1くらいにしようと思って、日々せっせと作業に励んでいるわけです。

で、処分しようかどうしようか迷った中に、この本はありました。

もちろん当初は読みたくて買ったんですよ。
でも、私は何冊かまとめて買うことが多いので、他を読んでいるうちになんとなく読む気が失せてしまうこともあり、そんな本は長期“積ん読”に入ります。この本もそうでした。

でまぁ、どうしようかな、って手にとって、なんとなくパラパラとめくってみたら、なんだ、面白いじゃないか。・・・ってことで、そのまま読み続けることになりました。coldsweats01

まず最初に、私たちはみな他の人とはちがう「角(つの)」(生来の資質のこと)を持って生まれてきていることに触れ、その角を隠して生きるようになると(*途中ははしょります)生きるエネルギーが枯渇し、すべてが立ち行かなくなるという話が出てきます。これが大きな前置き。

だいじなのはここからで、じつは私たちの身近には、目に見えない形で、この「角」の“切除”がはびこっていると・・・。要は、知らない間に刷り込まれた価値観によって行き詰まり、不適応を起こしたり、心身に不調をきたすようになる人もいる、だから私たちは、いままで疑うことのなかったさまざまな常識や知識を一度ていねいに洗い直してみることが必要だ、というお話です。

そう。それで、先日Twitterの方にも書きましたが、この方もやはり、正常と異常、健康と病気にはっきりした境はないということを書いてらして、これについては詳しく書くと長くなってしまうのだけど、私がまだセラピーの勉強をしていたときに、「(こころを)病んだ人」のことを異常に毛嫌いしている人がいたのです。社会的にもそれなりの地位を持ったセラピストさんでしたが、自分は彼らとはちがうと、言ってみれば「対岸の人たち」のように、いつも間にくっきりと壁を設けて語っていらっしゃいました。

どちらかというと私は、自分だっていつそうなるか分からない、いつなってもおかしくないという自覚がいつもあるので、正常と異常、健康と病気の境なんてあるわけではなく、いつだって誰だって、ふとした拍子に“あっち側”に行ってしまうのだと思っているのですけど。

ただ、そのセラピストさんも、もしかすると無意識にそういったことは感じていて、だけど自分がそうなってしまうのが怖くて、ただ認めたくなかっただけなのかもしれないなぁ、っていまになって思います。(毛嫌いのしかたがちょっと異常な感じだったので)

ところで、さきほど「この方もやはり」と書いたのは、以前読んだ春日武彦さんもそのようなスタンスでいらしたからです。
参考記事:『心という不思議』

-つづく-

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