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ふたたび桜井章一の本

ちょっと前、自分の足元がおぼつかなくなったとき手にとった本。
この人の本は2冊目だけれど、不思議なことに、読んでいるとセンタリングできるんですね。自分に戻ってこられる。
そもそも弱っているときに読む本というのは、そういうアンテナが引き寄せた本でもあるので、心にストンストン入ってきます。その意味では外したことがない。(←ちょび自慢。えっへん)

今回も、いろんな言葉が引っかかって付箋だらけになっていますが、そういう「言葉」の数々というよりも、おそらくは行間からにじみ出てくる「温かさ」に癒されるのでしょうね。

「温かさ」については、この方も何度か触れられていて、要は、心にも適温というものがあり、「熱すぎず冷たすぎず、常に一定の適切な心の温度を保っていられる人間は、自然体で黙々とやるべきことを積み重ね、時間をかけて信頼を獲得していく」(『ツキの正体―運を引き寄せる技術』より)というお話なんですが、適温の人は安定しているので、きっと周りにも安心感を与えるのでしょう。

ほかに心に留まったのは・・・

flag 「信じる」とは、とてもいい言葉に聞こえますが、疑ってみることから真実を見極めていくべきではないでしょうか。信じることは楽です。しかし、信じてしまうと考えなくなる。

そうなんです。これは本当にそうなんです。このあとに、どんなに高尚な学問・すばらしい教えであっても、一色に染まってしまうと宗教と同じ、洗脳と同じ、と書かれているのですが、「信じる」という行為にはそういう危険性が確かにあります。いいも悪いもなく、ただ信じてしまうことで、自分が自分ではなくなってしまう・・・まぁ世の中の大半の人はそうなのかもしれませんが、私はそうなりたくないし、きっとなりたくてもなれないだろうなー。
これと関係しているのが、以下の記述でしょう。

flag 「あるがままを見る力を養え」
flag 「疑うこと」、換言すれば、「確認すること」からものごとは始まる。
flag 石橋でもなんでも、叩けば響きになって返ってきます。響きぐあいで渡れるか否かが判断できるし、ヒビが入っているかも掴めるのです。心と身体のすべてで感じなければなりません。ものごとすべてにそういう考え方で臨むことで、疑う力、すなわち、見極める力、見通す力が身についていくのです。

いろんなフィルターをとっぱらって、あるがままを見る、というのは難しいことかもしれません。特に相手が人間の場合。
ただ、好き嫌いの感情が起きてしまうのは、こちらも人間である以上しかたのないことなので、そんな自分をもふくめて、あるがままを感じていればよいのだと思います。

そうしてフィルターをかけず、ただあるがままを感じるクセがついてくると、全身がアンテナもしくはセンサーになって、いろんなことを感じ取れるようになります。この人の言ってることはなんとなく変だよとか、本音を語ってないなとか、何か裏があるぞなど、頭ではなくカラダが先にキャッチする。本格的に石橋をたたくのは、それからですね。でも、カラダがキャッチした情報というのはかなり正しいので、いちいち石橋をたたかなくても、じつは答えは出ていたりします。

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