« 自転車の正しい乗り方 | トップページ | 紫薇斗数 最終日 »

もののあはれ

081025_5 体はだいぶ復活したけど、今年は秋風の影響が久々に大きくて…なんだかいろいろなことが心に浮かびます。

30代前半までの私は、身近な人の機嫌とか、周りの空気に左右されやすく、悲惨なニュースを見たり、重たい映画を見たりすると、何日も引きずってしまうことがしばしばでした(典型的な共依存体質ですね、、)。そんな自分を意識してからは、あえて、そのような状況を引き起こしそうなものは避けて生活してきました。
その結果、映画を見なくなり(まぁこれは忙しくて、2時間も3時間もじっと画面の前に座っている心のゆとりがなかったせいもあります)、ニュースも見なくなり(これはアンドルー・ワイルの説にもかなり影響されました)、はなからバラエティ番組は好きではなかったので、そのうちテレビは全く見なくなりました。また、私から元気を奪う人、会うと揺らいでしまう人とは、自然と距離を置くようになりました。
その後、自分と他人の間にある一定の境界線を引くようになり、「これは私の問題、これは相手の問題」と切り離して考えられるようになったので、いつしか周りの空気にはほとんど左右されなくなったのですが・・・

確かに安定はしました。自分もとても楽でした。そして、自分が揺れない分、セッションに関してはとても良い結果を出せるようになりました。
でも、安定しているというと聞こえはいいんですが、自分が動揺しないために、切り捨てたり、見ないようにしてきたものが、知らない間にいっぱいになっていたのでしょう。揺れやすい自分を知っているからこそ、揺れないように必死に守っていた部分があったのかもしれません。基本的に無理はしないし、自然体ではあるのだけれど、どこか「閉じて」しまっている部分があったようです。

というのは、このところの自分を観察していて気づいたこと。

最近、映画を見て大泣きしたり、長時間歩き回って何百枚も写真を撮ったり・・・意図したわけでなかったのですが、いつの間にか、また以前のように感性を刺激する生活をしていました。そのせいで、気持ちの浮き沈みも当然出てくるのですが(まぁこれが「地」なので仕方ありません)、でもその方が良い写真が撮れるし、やりたいことも書きたいことも次から次と出てくるし、この方がいいのかぁ、と思っているところです。

こういうのってやっぱり背中合わせなんですよね。。。

浮き沈みの「沈み」を意識することが多くなっている今日この頃ですが、以前みたいにこうして揺れている状態が嫌ではないのが不思議です。その分プラスの度合も大きくなっているので、今はこれでいっか。と思えるし、自分では「沈み」と一緒にやってきた「感じやすさ」をけっこう楽しんでいるかなぁ。
レイキで3rdディグリーのアチューンメントを受けた際、「受容的になる」というのがどういうことか、感覚的によく分からなかったのですが、今みたいな状態がそうかな、と自分なりに理解しています。

浮き沈みに話を戻しますが、やっぱり陰と陽、プラスとマイナス、明と暗はセットなんです。また、ひとりの人間の凸凹(でこぼこ)もそうで、欠けてる部分が大きい人は突出した部分も大きいもの。
平坦なのはある意味ラクだけれど、おっきなマイナスを引き受けた上で、おっきなプラスを受け取る方がドラマチックだし、その方がたぶん私には合っているのだと思います。
っつか、引き受けざるを得ない状況が勝手にやって来るので、そーゆーのが染みついてしまっているというところでしょうか。(自爆)A^^;

私の「転石人生」はまだまだ続きそうです。

« 自転車の正しい乗り方 | トップページ | 紫薇斗数 最終日 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52330/42956353

この記事へのトラックバック一覧です: もののあはれ:

« 自転車の正しい乗り方 | トップページ | 紫薇斗数 最終日 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

つぶやき

  • Twitter

お気に入りサイト