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『宗教なんかこわくない!』-2-

う~ん・・・やっぱり面白かった。さすが橋本治。

気になった箇所はいくつもあるのですが、いちばん頭に残ったのは、「自分の頭で考える」ということについて。

(以下要約)
「自分はこのままでいいのか?」「もう少しなんとかならないのか?」という疑問に対する答えは、本来なかなか出ないものであるにもかかわらず、さっさと答えを出さなくてはいけないと思いこみ、さらに、さっさと答えの出ない自分には何か欠陥があるのではないかと思う、しかし、そんな人に欠けていて、いちばん必要なものは、「自分の頭でものを考える」ということで、それはとんでもなく大変で、効率の悪いことである。

ほんとそうだよなぁ~、って思う。時間かかるのよ~。
それを、簡単に答えが出るものと思ってしまうと、一見その答えを簡単に与えてくれそうな人がいると、すぐに身をゆだねてしまう。それが「宗教に走る」ということなんでしょうね。
以前、オウム真理教の信者だった人たちの話を本で読んだとき、どの人も決まって、麻原尊氏が自分が求めていた答えをあっさり与えてくれたことで、この人はすごいと思ってしまったというような話をしていたのが印象的でしたねぇ。

(以下要約)
自分の頭でものを考えると、「孤独」がやってくる、すると日本人の多くはすぐに心細くなって「救済」の方に行ってしまう。

「孤独」ということはよく実感します。
どこにも属さず自由であること、自分の足で歩くということにも、どうしたって孤独はつきまといます。
でもそれを、イヤなもの、マイナスなものとして退けるのではなく、その「孤独」と上手につき合っていくことが必要なのではないでしょうか。
ってか、自分の頭で考えず、人の価値観をまるごとそっくり受け入れて、なんの疑問も持たない人はそれで全然おっけーだと思うんですけど、私そういうのできないですから・・・A^^;「孤独」ともうまいことやっていくしかない、ってことなんです。。

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コメント

文章を読んでいて、宗教だけじゃなく癒しブームも
根っこは同じような気がしました。

確かに、自分の頭で体で考えるようになると
「孤独」ですねぇ。

でも、なにか自分でつかんだときは
すっごくうれしいですよね。
ヒントがわかっただけでも。
私って、なかなかやるじゃないって。

また、「孤独」としっかり向き合っている人を見ると
励まされるし。

「自分で考える」面倒なことを
他人にゆだねてしまうことで
大事なものを培うチャンスを失ってる気がしました。

孤独と向き合う…というところ
瀬戸内寂聴の本を思い出しました。
(孤独と上手につき合う方法…だったかな…。)
内容は宗教とは違うんですけど。

人はいずれは一人になる。
そうなんですよね。
悔いのない人生を自分で選んで歩いていきたいです。

★ヤマダサンさん
さすが自分の足でしっかり歩いているヤマダサンです。
体得してますね。なんかうれしいです。^^
最初にお会いした頃(って一体いつだ!?)に比べて
ずいぶんと力強くなりましたね。
スピードはゆっくりでも、着実に歩いていることが
文面から伝わってきます。

おっしゃるとおり、癒しブームもそうなんだと思います。
スピリチュアルもしばらく流行っているようですが、やはり多くの人たちは、「答え」を与えてほしがっているように見えます。そんなことは何の意味もないのに…というのが本心ですが、そんなものでも必要とする人たちはいるんですよね。
私も一時期、前世療法とかに興味がありましたけど、今はどうでもよくなっちゃいましたね。現世を丁寧に精いっぱい生きれば充分じゃないですかぁ。

★tipiさん
人によって、同じ文章でもまったく違うことを想起する。
…面白いですね。
tipiさんは、将来的な「一人」が頭に浮かんだんですね。

橋本治が書いていたのは、連れ合いや家族が死んだあととかの将来的な、あるいは物理的なものからくる孤独ではなく、周りに誰がいようがいまいが、「自分の頭でものを考えるようになる」と否応なしに感じられる「孤独」についてです。
それは、ある種の人間たちにとっては、今すでにここにあるものなんです。

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