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ルーツ

といっても、30年前に流行ったアメリカのテレビドラマ(Roots)ではありません。

ここのところずっと、ファラオだのコルトレーンだの、さんざん聴き続けたあとに、ふっと土岐麻子を聴いたわけですよ。久しぶりにね。
そうしたら、あんなに好きだった土岐英史のサックスが・・・なんて貧相なのかしら~。。。 (T_T)

決してヘタじゃないのよー。仮にもプロなんですから。
でも、なんていうか、音がか細くて、腹の底から出てない感じなのね。
ここでもまた、狩猟民族と農耕民族の差を見せつけられました。
いや、あの人たちのパワーはスゴイ。。。

そして、白人よりも黒人のパワーがこれまたすごい。
そういえば昨年末、矢野顕子のコンサートでもドラムのパワーに圧倒されたっけ。体の芯、だけでなく、魂の底にまでずんずん響いてくるような音。

前に庵魚堂さんがコメントに書いてくれたナット・ヘントフの言葉が思い出されます。
さらに、家系のみでなく、その民族全体というか、祖先までさかのぼっての歴史を感じさせるのに対して、日本人のジャズはまだまだ浅い!!!と思ってしまいました。

・・・好きなミュージシャンはたくさんいるんですけどね。

そういえば昔、キャロル・キングが好きで、『タペストリー(邦題:つづれおり)』というアルバムをさんざん聴いていた頃、たまたまキャロル・キングがかつていたグループのアルバムを見つけました。
これまた好きなアルバムで、今でもときどき聴いているんですけどね。

当時、ある友人が、そうやってさかのぼって聴くのはえらい、みたいなことを言ってくれたことがあって・・・そのときはぜんぜんピンと来なかったんですよね。
えらいかどうかは別として、今になって、ああ、あれはこういうことだったのか。と、なんとな~くですが、分かったような気がします。

・・・いったい何十年前の話をしているんだ、私は。A^^;

もうひとつ昔の話で、「R&Bはいいぜー」と言いつつ、柳ジョージが好きとか言ってる人がいて、まわりはクスクスだったんですが、やっぱり本物を聴かないとねぇ。。。と言いたくなる場面はありますね。
いや、音楽に限りません。絵や写真だってそうです。小説などの文学も。ああ、あと、食べるものや身につけるものだって、本来はそうですよね。ただ、現実問題として、経済的な理由が浮上してきます。

  人間らしい生活を崩さない程度に本物に触れる。

小市民にはそれがせいぜいのところなのでしょう。(自爆)(-_-

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コメント

> あんなに好きだった土岐英史のサックスが・・・

わかりますわかります。
土岐さんだけを貶すつもりはないんですけど、日本人の演ってきた「洋楽」ってしょせんは“模倣”なんですよね。模倣から始まってみごとな“発展”につながっていくケースもありますけど、たいていは“劣化”している。

パワー。
フィジカル的なものだけでなく、日本人が音楽に対して持っている“精神的なパワー”というのは、ほぼ皆無なんじゃないでしょうか。いやホンマ。
日本人にとっての「音楽」って、“習い事”、“課外活動”、“趣味・娯楽”、“仲間作り”、“お金もらって生活するため”。 その程度ですもん。
練習するのはもっぱら、“指をちゃんと動かせること”、“譜面をちゃんと読み書きできること”、“思ったとおりに弾けるようになること”。 その程度ですもん。
すごーく頑張っている人たちには気の毒ですけど、日本の音楽事情ってのは貧しい限りです。ジャズに限らずね。
演奏する側もさることながら、音楽を流行とかファッションでしか捉えていない「音楽ファン」が大部分を占めてますからねえ。

> 「R&Bはいいぜー」と言いつつ、柳ジョージが好き

「ジャズっぽいの好きですー」と言いつつ、エゴラッピンで満足してる人、最近多そうです。
でも、そういう“根っこのなさ”が大多数の日本人なんだと思います。逆立ちして探してもどこにも根っこがありません。みたいな。

(;´ρ`)むあーよく寝たっ。
ふと見れば、僕とよく似た名前の人がなんかいろいろ勝手なこと書いてらっしゃいますけど‥‥(笑)
根っこのない日本の音楽、僕は好きですよ、うん。

★庵魚堂さま
自己フォローありがとうございます。^^

>日本人にとっての「音楽」って、・・・
というくだり、う~ん、そうなのかもなぁ、と思いました。
だって、生活にゆとりがありすぎますもん。
黒人パワーがすごいのは、単に肉を食べてるというだけではなく(冗談ですよ・笑)、抑圧されたものが大きいから、その分爆発力も大きいわけで。
それからすると、日本人の場合は、魂の底からわきあがってくるものなんて、あんまりなさそうです。
もちろん、ひとりひとりはいろんなものを抱えていて、闇が深い人ほど表現したい衝動みたいなものをたくさん持っているとは思うのですが、裕福で生活の心配もないようなところからは、“魂の叫び”は生まれてきませんよね。
そんな裕福な日本にいながら人を感動させる作品を作り上げる人というのは…その人の持っている「闇」の深さ、デコボコの「ボコ」の部分の深さ、そういったものが人間の奥行きや「人間力」に結びついていくのかなぁ~、とちょっとコムズカシイことを考えておりました。
でも、時代や国によっては、パトロンに生活の面倒を見てもらいながら、芸術作品を作り上げてる人たちもいたわけですから、いちがいに裕福だとか虐げられてるとかで判断することはできないのでしょうかねぇ。
そういえば、かつては「ハングリー精神」という言葉がよく聞かれましたね。
ちなみに、私たちのようなセラピーのお仕事は、生活にある程度のゆとりがないと、良い施術はできないような気がしております。
でもそれは、私という人間が小さいからか、、ああ、またもや自爆。。

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